車いすラグビーとは
皆さまは “車いすラグビー[英語:Wheelchair Rugby(ウィルチェアーラグビー)]” という競技はご存知ですか?
ウィルチェアーラグビーは、アメリカやヨーロッパの一部の国では、四肢に障害を持つ者が行う競技であることから “クワドラグビー(QUAD RUGBY)” とも呼ばれており、また、当初はその競技の激しさから “マーダーボール(MURDERBALL = 殺人球技)” と呼ばれていた歴史を持っています。
1966年のアトランタパラリンピックでデモンストレーション競技として初登場し、2000年のシドニーパラリンピックからは公式種目になりました。
日本では1996年11月に正式に競技が紹介され、1997年4月に日本国内では「一般社団法人 日本ウィルチェアーラグビー連盟 」が設立(2019年4月に、一般社団法人 日本車いすラグビー連盟に名称変更)され、現在、競技の国内普及と、パラリンピックや世界選手権等の国際大会でのメダル獲得を目標に活動を行っています。
SILVERBACKS
札幌を拠点に活動する「WheelchairRugby Team SILVERBACKS 」は、2015年2月、北海道で2番目に誕生したウィルチェアラグビーチーム「REBEL」として誕生!
2015年末に「Silverbacks(シルバーバックス)」と改名し、2016年から日本ウィルチェアラグビー連盟主催の日本選手権での優勝を目指し活動しています。
Siverback(シルバーバック)とは背中に灰色の毛のある大人の雄ゴリラの意味で、群れを守りたくましく生きる森林の王者のような力強さを目指して名付けられたそうです。
十勝にも3名の選手が「Silverbacks」に在籍しており、定期的に十勝練習など行っていて大いに盛り上がっています。
daiさんからの相談
その「Silverbacks」の選手であり、十勝在住の ”daiさん” から、「今使っているラグビー競技用車両(以下、ラグ車)が、レギュレーション(競技規則)に合っておらず、公式大会に出場するにあたって問題があるので、対策をして欲しいのですが・・・」という相談がありました。
何がどうしてどうなっているのか?、daiさんも解らない(汗)とのことで、まずは時間がとれる時にラグ車をお預かりして詳細チェックしてみることに相成りました。
その後暫くしてから、2週間ほどラグ車を預かることが出来るタイミングが出来たとのことで、愛用のマシンをお預かりして詳細なレギュレーション(競技規則)との照らし合せをすることになりました。
こちらが今回お預かりしたdaiさんが使用しているラグ車です!
それを、レギュレーション(競技規則)を読み解きながらNG箇所をチェックしたところ・・・車いすのフレーム側には特に問題はなかったのですが、装着されているフロントバンパーが「あれ?」という感じで規定を満たしていないということが判明しました。
もとい、daiさんのラグ車に装着されてたフロントバンパーは、かなり残念なことになっていて、元の形状がどうだったのか?原型がわからないくらいに変形してしまっていました(汗)
ここでは敢えて細かいレギュレーションの説明は割愛しますが、なにせ百戦錬磨?のこのフロントバンパーは「お疲れさまでした、、、」としか言いようのない状態です(汗)
既存のバンパーを改造して済むような状況では無いことが理解できましたので、先ずは潔くバンパーを取り外しました・・・
daiさんが使用しているラグ車はオーエックスエンジニアリング製のバスケット車をベースにラグビー用に改造されたもの?というような情報を得ていますが、延長されたフレームの先端部分はラグビー用のバンパーが装着出来るようにアルミの無垢材から削り出した角材が溶着されているものでした。
ところが、既存バンパーの取付部分が中央付近に寄っている形状だったことから、本来であればビクトもしないはずの無垢材がグニャリと反ってしまっているではないでしょうか!
ウィルチェアラグビーという競技の過酷さをマジマジと感じました(汗)
※このフレーム前方の歪が後述するフレームのクラック発生に起因していることが理解できた瞬間でもありました。
NEWバンパー製作
今回、レギュレーションに合致させるための新たなバンパーを製作することになったのですが、まずはこのフレーム部分との接合をどうするか?というのが最初の難問となりました。
悩んだ結果、少しキャパシティオーバーかもしれませんでしたが、イフで自動車のヒッチメンバーなどをオリジナルで製作する際に使用している肉厚の異型角パイプをフレーム前方の横幅いっぱいに接合させることで、車いすの前方フレーム全体で衝突の衝撃を受け止めることが出来るようなものにすることに決定しました。
すっかり歪んでしまい、中央付近が凹んでしまっていましたので、可能な範囲で手作業で平面に削り出し、且つ、角材を装着する部分に意図的に段付きを設けることで、左右方向の力を受け止められるような細工を施しました。
バンパーの土台部分となる異型角材を車いすのフレームに仮付した後は、新たなバンパーの外枠を形成するための基準となるポイントを明確にするために、溶接棒でガイドを製作して仮付けしてみました。
いよいよバンパーの造作開始です!
曲げ角度(曲げR)が緩やかであれば、ベンダーという機械を使って曲げ作業をするのですが、今回の主要部分は鋭角な曲げRとなるため、ガスバーナーで熱して曲げる “焼き曲げ加工” という手法を採用しました。
バンパー製作に使用する棒材も各種の鋼材タイプから検討した結果、「S45C-D」という機械構造用炭素鋼材を採用し、線径はdaiさんの激突パワーに耐えられるようにオール8mmとしました!
焼き曲げ加工が完了した2種類の部材です。この2本のサイズや取付位置関係がレギュレーションに最も関係する主要部分になるため、長さや角度などを綿密に計算した上で仕上がった一品なのです。
バンパーの土台部分となる異型角材も角の整形や前方の肉抜きを済ませた上で、サンドブラストという機械で表面の黒皮(皮膜)をすべて除去し準備万端です♪
主要部分の外枠が仮付完了! ここがレギュレーションで最も重要なポイントのため、実際にdaiさんが乗車した状態をシュミレーションしながら、バンパーの高さや角度等を±1mmの公差に収まる位置関係で接合しました。
基準となる外枠が確定した後は、そこに対して補強となる骨組みを構築するため、第一段階から第三段階に分けて、一箇所ずつ計測しながら鋼材を手作業で切り出して整形していきます。
補強となる骨組みは構造力学に基づき、入力(衝突の衝撃)をいかに分散しながら全体で受け止めることが出来るような配置になるように組み付けていきます。
重要なポイントとして、イフでは骨組みの接合部はブツ切りではなく、この写真 ↓ のようにR状にカットし、接合する材料同士に隙間がないように一つずつ仕上げたうえで点付け溶接をしていきます。
かなり手間の掛かる、面倒な加工作業であり、ここがイフのノウハウでもあるのですが・・・このように母材同士を隙間なく合わせて溶接することで、溶接による歪や変形を最小限に抑えたり、溶接部分で引っ張られることによっておきるクラック(ひび割れ)を防止するといった効果があるのです。
全ての骨組みが仮付された後は、主要部分の一部に限ってMIG溶接機で補強溶接を施します。
ようやく全ての骨組みの配置と仮溶接が完了しました(汗)
バンパーの骨組みはラーメン構造を基本としながら、立体トラス(複数の三角形による骨組構造)で補強が構成されるような造りで製作しました。
話の順序が前後してしまいましたが・・・ラグ車の「バンパー」は海外では「PICKBAR(ピックバー)」などとも呼ばれていて、単に自動車のそれ(バンパー)のような衝撃に耐えるためという目的以外に、守備役の選手であれば、そのバンパーを使って相手選手のラグ車を引っ掛けるなどして動きを停めるといった重要な仕事をするためのものでもあります。
そのため、選手の役割や能力、慣れや好み、戦術等々によって様々な形状のものが存在しているため、今回新たなバンパーを製作するにあたり、daiさんにはどのタイプが一番ベストなのか?ということも皆で打ち合わせをして決定した経緯がありました。
話は戻って・・・仮溶接が完了したバンパーをラグ車から取り外しし、いよいよここからTIG溶接機を使った本溶接をしていきます。
本溶接を始めてから、全ての溶接を終えるまで、丸一日掛かってしまいました(汗)
いかんせん、実はこのバンパーに使用したS45Cの鋼材は、なんと!・・・5メートル近くになっており、それだけ溶接箇所も多かったのです。 ヮ(゚д゚)ォ!
最後に鋭利な部分を全て丸く面取り仕上げをし、全ての加工作業が完了しました!
最後の仕上げは塗装です♪
通常イフでは制作物はウレタン焼付塗装を施すのですが、今回は後々に修正作業などが必要になった際に簡単に塗装を剥がすことが出来るように敢えてラッカースプレーで簡易塗装としました。
完成!
こちら完成したdaiさんスペシャルの特注バンパーです!
じゃ〜〜〜ん!
ラッカースプレーでシルバー色に塗装すると、塗装前の重厚感が薄れて、なんとなく安っぽい感じ(失礼)になってしまいました(笑)
重量を計測すると、約3kgで、さすがに鋼材を5Mも使用しただけあって、結構な重さになりました。
元のバンパーが約1kgだったので、プラス2kgの重量増ですね!daiさん頑張って!
そしてついにラグ車に取付完了!
いかがですかぁ、この重戦車のようなド迫力!
ブロッカー(守備)役として、このNEWバンパーで相手を一網打尽に出来ますかねぇ?
ほぼ思い描いた形状のものに仕上がったと自負しております。。。
まだdaiさんは、どんな仕上がりになったのか知らせていないので、納車時に喜んでいただける顔を拝見できるのが楽しみです♪
フレームクラック修理
余談ですが、バンパー製作の途中には、フレームにクラック(割れ)が入ってしまっている部分の溶接修理も行いました。
このクラック・・・元のバンパーの取付部分が中央に寄っていて短かったことが原因でフレーム先端が反っていたことが、この部分にしわ寄せがきたものと推測しました。
アルミTIG溶接にて補修はさせていただきましたが・・・フレーム全体の歪も大きいことから、また溶接した周辺からクラック(ひび割れ)が入ると思いますので、日常的にチェックしてくださいね、、、
ついでに、前々から言われていた、結束バンドでフレームに縛り付けているという、ビンディングタイプの骨盤ベルトの残念な取付状態も手直し改良させていただくことにしました。
ベルト自体の長さももう少し余裕が欲しいとのことで、ステンレス製の板を切り出して、このような延長ステーを製作し・・・
フレームにクランプするタイプの取付部品と組み合わせて、このような延長&頑丈な固定方法としました。
これまでベルトが(タイラップで縛られただけだったので)クタクタだったものが、しゃんとしましたので移乗動作も楽々になり、しっかり骨盤をホールドすることも出来るようになったと思います。
これにて全ての改造作業が完了です!
来週から練習に復帰するとのことで、このNEWバンパーが大いに活躍してくれることを願っております。。。
最後に・・・
最後になりますが・・・
実は、今回のラグ車用の “バンパー製作” はイフとして初めての試みであり、詳しいレギュレーションの内容も解らないまま、手探りの状態でスタートしたものでした。
そんな右も左も分からない状況の中で、ウィルチェアーラグビー日本代表チームメカニックである「三山 慧」氏に、度々あれこれ相談させていただき、情報やアドバイスをもらいながら(もらえたからこそ)進めることが出来、完成に至ることが出来ました。
とてもお忙しい中、深夜や早朝の返信メールなどには只々恐縮するばかりでしたこと、また懇切丁寧、かつ、とても熱くいろいろ教えて頂けましたこと、この場をお借りして心からお礼を申し上げます。
ありがとうございました!!
~三山氏は数々のメディアに取り上げられている、この分野の第一人者です~
▼”Athlete” 官野一彦(ウィルチェアーラグビー日本代表) ”With” 三山慧(メカニック) – With ~チャレンジド・アスリート 未来を拓くキズナ~ – BS朝日